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「紙のきっぷ」の新形態、JRも導入を目指す「QRコード乗車券」とは

2020年9月7日(月) 鉄道コムスタッフ 西中悠基

電車の乗車には必須ともいえるきっぷ。かつてはボール紙などのものが主流でしたが、自動改札機が登場すると、これに対応した磁気券が登場。次いで繰り返し使える「イオカード」などのSFカードが生まれ、さらに「Suica」などのICカードが普及するといった進化を続けてきました。

紙製のきっぷは、1970年から1990年にかけて自動改札機が普及すると、これにあわせて裏面に磁気が塗布されたものが都市鉄道では主流となり、現在でも自動改札機を導入する事業者はほとんどがこのタイプを採用しています。

自動改札機の誕生とともに確立した現在の紙のきっぷですが、近年、新たな形へと進化しようとしています。QRコード乗車券です。

JR東日本が導入に向けた検討を進めるQRコード乗車券
JR東日本が導入に向けた検討を進めるQRコード乗車券

QRコードは、自動車部品メーカーであるデンソーが、1994年に開発した2次元バーコード。当初は工場での製品管理に用いられていましたが、扱える情報量の多さや、汚損耐性の強さなどにより、他の分野へも普及。近年ではスマートフォンの普及により、LINEなどのSNSや、「PayPay」のような決済サービスでも用いられるほど、身近な存在となっています。

さまざまな分野で使われるQRコード(2019年のデンソーウェーブ「QRコード25周年 記念PRイベント」にて)
さまざまな分野で使われるQRコード(2019年のデンソーウェーブ「QRコード25周年 記念PRイベント」にて)

そして、鉄道業界においても、2010年代に入り、乗車券用に導入する事業者が出現。さらに2019年以降は、JR東日本や阪神電気鉄道、大阪メトロといった大手事業者が、導入に向けた実証実験を初めています。

QRコード乗車券を導入するメリットは、従来の磁気券と呼ばれる紙のきっぷよりも、コストを削減できることにあります。

磁気券に対応する自動改札機の場合、磁気を読み取るセンサーの他に、きっぷを挿入口から出口へと送るベルト機構、裏返しに挿入されたきっぷを反転させる機構など、多くの可動部があります。このため、調達コストやメンテナンス費用がかさみ、また券詰まりなどの故障が発生する確率も高くなります。

紙のきっぷに対応する自動改札機は、きっぷを送るベルト機構など、機械的な可動部が多数存在し、多大なコストを必要とします(イメージ)
紙のきっぷに対応する自動改札機は、きっぷを送るベルト機構など、機械的な可動部が多数存在し、多大なコストを必要とします(イメージ)

また、磁気に情報を書き込む必要があるため、磁気券の発行は駅の券売機や窓口の機械などに限られてしまいます。

これに対し、QRコード乗車券の場合は、自動改札機に読み取り用のスキャナーを設置するだけで、機械的な可動部は扉(フラップドア)以外に必要ありません。また、QRコード乗車券は紙に印刷すれば良いため、専用の駅務機器だけでなく、家庭用のプリンターでも発行が可能。スマートフォンなどの画面に表示することでも対応できます。

QRコードの読取部。写真のタイプではICカードの読取部も兼ねています
QRコードの読取部。写真のタイプではICカードの読取部も兼ねています

ただし、手軽に印刷できるということは、コピーなどの行為で不正に利用される可能性もあります。この点については、デンソーからQRコード事業を引き継いだデンソーウェーブが、不正コピーを防止できるきっぷを開発しています。券面に特殊なインクを塗布し、QRコードの複製を防ぐ仕組みです。QRコード自体も特定のスキャナーでなければ読み取れないよう暗号化されているため、スマートフォンなどで情報を読み取ることもできません。

沖縄県のゆいレールが導入しているQRコード乗車券。QRコードの上に特殊なインクを塗布し、偽造を防止しています
沖縄県のゆいレールが導入しているQRコード乗車券。QRコードの上に特殊なインクを塗布し、偽造を防止しています

ところで、QRコード乗車券ではなく、ICカード乗車券でも、自動改札機の機械的な可動部を減らすことはできます。では、なぜSuicaなどのサービスが既に存在するにも関わらず、JR東日本などは新たにQRコード乗車券の導入を目指しているのでしょうか。

一つは、Suicaなどが普及したとはいえ、普及率が100%ではないこと。普及が進んでいる都市圏でも、普段は電車に乗らない人や、海外旅行者など、ICカードを保有していない利用者は一定の割合で存在します。ICカード乗車券を導入していない地区ではなおさらです。Suica誕生前ほど多くないとはいえ、一定数の利用がある紙の乗車券を廃止し、チャージの手間などがあるIC乗車券へ完全移行させることは困難です。

また、ICカード乗車券では、自動改札機のコストを減らすことはできますが、乗車券そのものは紙に印刷できるQRコード乗車券よりもコストが掛かるのがネック。海外の地下鉄などでは、紙の乗車券の代わりに、ICチップを内蔵したコイン状のトークンを使用する事業者もありますが、この場合は預かり金を徴収して降車駅で払い戻させるか、出口の改札機でトークンを回収することで、再利用を前提としコスト増をカバーしています。

QRコード乗車券の場合、紙に印刷したものは基本的に使い捨て。降車時に自動改札機で回収する事業者としない事業者がありますが、回収しない場合には、ポイ捨てされる可能性こそありますが、自動改札機の機械的な可動部を扉を除いて無くすことができます。

さらに、QRコード決済ツールなどとの連携も理論上可能。QRコード乗車券を導入している沖縄県のゆいレールでは、2018年に中国の「Alipay(支付宝)」で直接乗車できる実証実験を実施しました。決済方法の違いなどの問題もありますが、このように海外で広まっているQRコード決済ツールと連携することができれば、訪日外国人の利便性向上につながります。

ゆいレールが実施した、Alipayで直接乗車できる実証実験のシステムフロー(画像:沖縄都市モノレール)
ゆいレールが実施した、Alipayで直接乗車できる実証実験のシステムフロー(画像:沖縄都市モノレール)

QRコード乗車券では、改札機にかざす際にコツがいるのがネック。紙が曲がっていたりすると、スキャナーがうまく読み取ってくれず、改札で引っ掛かってしまいます。

これについては、慣れることで解決される問題ではありますが、挿入しやすい形の挿入口に入れる磁気券や、多少ラフにタッチしても反応するICカード乗車券と比べると、誰でもミスせずに利用できるとは言いがたい仕組みです。慣れた人が少ない導入初期には、多くの利用者が集中する時間帯において、改札口で引っ掛かる人による混雑が発生する可能性があります。

また、QRコード乗車券が従来の磁気券やICカード乗車券と異なる点として、きっぷへの情報の書き込みが不可能なことがあります。QRコードは読み取り専用のため、磁気券やICカードで記録可能な入出場の情報を、きっぷそのものに持たせることはできません。そのため、これらのデータは全て自動改札機と接続したサーバーに送る必要があります。

QRコード乗車券のシステム(画像:阪神電気鉄道)
QRコード乗車券のシステム(画像:阪神電気鉄道)

Suicaでは、全てのデータを管理する中央サーバーの他に、各駅ごとに管理サーバーを配置し、さらにカード自体も入出場などの情報を保持できるシステムとなっています。そのため、データを毎回中央サーバーへ送る必要はなく、処理速度の向上に寄与しています。

一方のQRコード乗車券では、従来は駅務機器で完結していたデータを全て管理サーバーへ送り、その返答を待つため、無視できないタイムラグが生まれることもあります。ゆいレールでは、QRコードをタッチした際に、磁気券(同社では廃止済み)よりも処理時間は短いものの、ICカードよりもワンテンポ遅れて処理されることがあります。なお、同じくQRコード乗車券を導入している福岡県の北九州モノレールでは、ICカードと同様の速度で処理されています。

なお、JR東日本では、各駅に設置しているサーバーをクラウド化し、QRコード乗車券の処理と同じID認証システムへと変更するプロジェクトを進めています。Suicaサービス開始時よりも、光回線や無線通信インフラの整備によって通信速度は増大しており、この点は将来的に解決されるのかもしれません。

QRコードを「きっぷ」として活用した例は、日本では2009年の東武鉄道「TJライナー」の整理券が初です。乗車券としては、広島県のスカイレールサービスが、2013年に導入。次いで、2014年のゆいレール、2015年の北九州モノレールと本格採用されました。

2020年8月の時点では、阪神電気鉄道大阪メトロ近畿日本鉄道が、導入を検討する実証実験を展開。JR東日本でも、9月に実証実験の実施を発表しています。また、JR東海では、2021年春よりスマートフォンに表示したQRコードで新幹線に乗車できるサービスを、訪日外国人旅行客向けに提供する予定となっています。

JR東海が2021年春に訪日外国人向けサービスとして導入する予定の、QRコードによるチケットレス乗車サービス(画像:JR東海)
JR東海が2021年春に訪日外国人向けサービスとして導入する予定の、QRコードによるチケットレス乗車サービス(画像:JR東海)

大手事業者ではまだまだ検討段階のQRコード乗車券ですが、10年後には、QRコードなどの新たな形態が普及して、改札口の光景は様変わりしているかもしれません。

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