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助川康史の「鉄道写真なんでもゼミナール」

助川康史の「鉄道写真なんでもゼミナール」 第1回:鉄道写真とは

2021年7月24日(土) 鉄道カメラマン 助川康史

ご好評頂いた連載「ミラーレス一眼が拓く新たな鉄道写真の世界」に続き、鉄道写真家助川康史がお送りする新連載【助川康史の「鉄道写真なんでもゼミナール」】。鉄道写真の知識やテクニックなど様々な視点で鉄道写真や鉄道について紐解いていきます。

筆者自身の知識や経験はもちろん、読者の皆さんが普段の鉄道写真撮影で疑問に思うことや知りたいことにもお答えするので、どしどしご質問ください。

さて、記念すべき第1回は撮影テクニックではなく、「鉄道写真よもやま話」として、鉄道写真そのものや、日本の鉄道写真の歴史、日本人と鉄道写真について、簡単ですがお話していきましょう。

鉄道写真とは

まず「鉄道写真とは」ですが、ずばり「鉄道車両や鉄道施設を被写体とした写真分野」です。直球な言い方で終わってしまいますが、「以上!」と終わるほど、鉄道写真は単純なものではありません。

鉄道写真と一括りに言っても、その内容は様々。ほかの写真分野の撮影スタイルやテクニックを網羅する、云わば総合的な写真と言っても過言ではないでしょう。

例えばガチな車両好きの人が好んで撮る編成写真。走行中の列車を撮る編成写真には、スポーツ写真のような反射神経とフォーカス技術、何よりお目当ての列車が来た時のバランスを考えた、フレーミングを整える想像力が必要です。また駅に停まっている車両の編成写真は静物写真や建築写真のような、歪みへの配慮や、絞りを中心とした露出ワークが重要になります。

走行中の列車を撮る「編成写真」
走行中の列車を撮る「編成写真」

その他にも流し撮りや鉄道風景写真、鉄道スナップ写真、鉄道イメージ写真など、鉄道写真は多くの種類がありますが、それは鉄道だけでなく、鉄道に関わる全ての物や事象が被写体になり、そして撮影内容に合わせてカメラの設定やテクニック、アプローチの仕方など、基礎や応用力が必要になります。

我が師、真島満秀氏は「鉄道写真をなめるな。鉄道写真が撮れれば、どんな分野の写真も撮れるようになるんだ!」と何度も熱い言葉で説いてくれました。それほど鉄道写真は奥が深く、広く、そして楽しい世界なのです。

是非その熱く素晴らしい鉄道写真を楽しみましょう!

我が国の鉄道写真史

日本初の鉄道として新橋~横浜間が正式開業したのは1872年10月14日(暫定開業は同年6月12日、品川~横浜間)で、それを記念して10月14日が「鉄道の日」となっているのは皆さんもご存知の通りですが、その建設風景などが記録的な写真として残されています。これも立派な鉄道写真です。

また、1874年に開業した官営鉄道(大阪~神戸間)の完成前後の鉄道写真も近年見つかり(2018年10月20日 毎日新聞 大阪夕刊)、日本における鉄道写真の歴史の古さを物語っています。

ちなみに、徳川家第15代にして最後の将軍、徳川慶喜も鉄道写真を撮影していました。

江戸城を開城し、約265年にわたる「徳川の御代」に終止符を打つなど、波乱の人生を歩んだ慶喜ですが、幼少期から文武に秀でた稀有な人物でした。特に多趣味ぶりは有名で、大政奉還後の1869年に静岡へ移り住んだ慶喜は、鷹狩や油絵、囲碁や投網、はたまた刺繍などなど、その熱量に拍車がかかったようです。

そして、その趣味の中に写真撮影が有りました。慶喜が撮影した1枚に、東海道本線の安倍川鉄橋を渡るSL列車を捉えた「安倍川鉄橋上リ列車進行中之図」(茨城県立歴史館所蔵)という題名の作品があります。慶喜は蒸気機関車の喧騒を嫌がって引っ越しをしたくらいですから鉄ちゃんではなかったのですが、写真撮影のモチーフの1つとして鉄道を被写体にしたようです。

徳川慶喜が撮影した「安倍川鉄橋上リ列車進行中之図」(茨城県立歴史館所蔵)
徳川慶喜が撮影した「安倍川鉄橋上リ列車進行中之図」(茨城県立歴史館所蔵)

写真撮影の腕前は、雑誌に投稿しても一度も採用されないほどだったそうですが、当の「安倍川鉄橋上リ列車進行中之図」は、メイン被写体の安倍川橋梁中心に、副題の列車を左奥に配置しているところが絶妙。上様に申し上げるのもはばかり大きことながら、私は素晴らしい鉄道写真だと思います。

時は移り、官民共に着々と全国に鉄道網を広げ始め、様々なサービスも始めた明治後期。岩崎輝彌と渡辺四郎のふたりが、現代に至る鉄道写真、引いては日本の鉄道文化に大きく貢献する活動を始めました。

鉄道趣味を通じて交友があった2人は、学生のころに当時の有名写真師であり、後に日本の写真文化発展に影響を与えた、小川一眞に鉄道写真撮影の依頼をします。片や三菱財閥、片や銀行経営者の御曹司という、家庭環境ならではの両名の行動力は、まさに脱帽もの。1902年からの約5年間、小川一眞とその弟子を伴って全国の様々な鉄道写真を撮影、収集しました。

ただ、当時のカメラは現代のそれとは違い、光に感光する写真乳剤をガラス板に塗布した乾板写真。カメラは大きくて重く、1枚撮影するに時間も労力もかかりました。しかし、そんな撮影状況にもかかわらず、交通博物館時代の記録によれば、収蔵枚数は3347枚という膨大な数になったそうです。

その中でも特に多かったのが車両写真。形式写真を始め、車両をあらゆる角度から撮影した、記録的要素の強い写真は、明治期の鉄道車両の姿かたちを克明に伝えます。まさに写真の本質である「真を写した記録」です。「岩崎・渡辺コレクション」と銘打ったこの歴史的価値の高い貴重な資料は、現在は鉄道博物館に収蔵されています。

鉄道×写真×日本人

さらに時は移り、終戦から20数年経った1960年代~70年代、日本中にSLブームが起きました。我が国の戦後の復興と高度経済成長期を支えてきた「黒鉄(くろがね)の勇者」こと蒸気機関車の引退が各地で始まったからです。この時代もカメラやレンズは「高嶺の花」でしたが、決して買えない遠い存在ではなく、最後の蒸気機関車の雄姿を撮ろうと購入したレイルファンも多くいました。

SLブームも終盤になり、いよいよ蒸気機関車の走る路線、列車が限られてくると、カメラバックを抱えたレイルファンが名撮影地に大集結。伯備線の布原信号所を発車するD51形三重連や、花輪線の龍ヶ森(現:安比高原)の峠越え8620形三重連などは特に有名で、沿線は雑木林ならぬ「三脚林」と言われるほど、連日、撮影者が多く訪れたとのことです。

多くのファンが線路際に集まったSLブーム(イメージ)
多くのファンが線路際に集まったSLブーム(イメージ)

このように、日本の鉄道趣味人口で最も多いと言われているのが鉄道写真を嗜む、いわゆる「撮り鉄」ですが、なぜ「撮り鉄」が増えたのでしょうか。これはそもそも鉄道趣味だけでなく、日本では写真撮影愛好家が多いことも反映しています。

昭和の時代、世界で流通したカメラはドイツ製や日本製でした。さらに近年はプロからアマチュアまで世界中で愛用されているデジタル一眼レフやミラーレス一眼は日本のメーカーが中心です。国産のカメラであれば、高性能なものがより安く買えるということもあって、日本人にとってカメラは身近な記録・表現ツールに成長したのです。

鉄道写真の環境でも考えてみましょう。日本と同じく、鉄道先進国であるヨーロッパは、日本に負けず劣らずの鉄道趣味人口が多い地域でもあります。スマホのカメラ機能が発達した現在は、写真や動画を撮影する人も増えましたが、それ以前はノートとペンを持って駅で車両の運用を調べたりする、いわゆる「データ鉄」だったり、鉄道模型を楽しむ「模型鉄」が主流だったそうです。もちろんカメラも有りましたが、一般的にはデータ収集用や、模型作成用の資料目的で使われることが多かったようです。

かつては車両の運用や目撃した車両の番号などをメモする趣味者が多かったヨーロッパ
かつては車両の運用や目撃した車両の番号などをメモする趣味者が多かったヨーロッパ

また、写真が海外の鉄道趣味界に浸透しなかったのは、環境にもよるもの大きかったと推察できます。

西欧は鉄道写真を撮るにも許可を得るか、観光的に撮るならば可、などの制限が緩めの国が多いのですが、少し前の東欧諸国は、鉄道は軍事利用する国家機密扱いでもあるので、撮影自体禁止という国も有りました。現在でもロシアや旧ソ連諸国、中国内陸部などでは、勝手に鉄道を撮影していると拘束される可能性すらあります。多少緩くはなったのですが、未だ気軽に鉄道写真が撮れる環境ではないのです。

その点、日本は撮影禁止の場所もありますが、基本的に鉄道車両はもちろん、鉄道施設を撮影することは自由です。鉄道施設や私有地に不法侵入しない限り、鉄道にカメラを向けるだけで警察に拘束されることもありません。「カメラが身近な表現・記録ツールとして存在する」「鉄道を自由に撮影できる」という環境だからこそ、日本では鉄道写真が鉄道趣味界で大きな分野に成長したのだと私は考えます。

基本的に撮影が自由な日本の鉄道
基本的に撮影が自由な日本の鉄道

また、写真表現として進化したことも忘れてはいけません。以前の鉄道写真は編成写真などの記録的要素の強い撮り方が主流でしたが、近年は四季折々の風景や沿線に生きる人々、それを取り巻く事象などをフォトジェニックにとらえるなど、鉄道写真はさらに作品性の高い写真分野になりました。加えて、鉄道の持つ旅情感や郷愁感が、それまで鉄道に興味がない人にも、鉄道が魅力的な被写体になってきたのです。鉄道写真撮影という趣向は、今も多くの人に広がっています。

この日本独特の文化でもある「鉄道写真」という世界をより広く、より深く楽しむためにもお互いルールと節度を守っていきたいものです。

次回【助川康史の「鉄道写真なんでもゼミナール」】は鉄道写真の基本中の基本(?)である「編成写真」の撮り方、考え方についてお話しいたします。

みなさまからの質問もお待ちしております。ご質問は、鉄道コム総合サイトのご意見・お問い合わせページにて受け付けております。どうぞご期待ください。

参考:日本写真学会誌2004年67巻2号 交通博物館の至宝「岩崎・渡辺コレクション」

(注釈のあるものを除き、写真は全て編集部撮影)

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