さらば国鉄特急色 全国を駆け巡った60年の系譜

2018年5月10日(木) 鉄道コムスタッフ

豊田車両センター所属189系M51編成のラストラン列車が4月27日、廃車回送を兼ねたものとして、豊田~長野間で運転されました。この編成の引退は、首都圏に配置された189系の消滅とともに、一つの時代の終わりも告げるものでした。その時代とは、「国鉄特急色」。1958年の登場以来、国鉄特急、JR特急のイメージカラーとして知られたこの塗装も、M51編成の引退と共に営業線上から姿を消すこととなりました。日本を支えた国鉄特急、その塗装の歴史を振り返ってみましょう。

赤色とクリーム色の組み合わせによる「国鉄特急色」。この塗装が初めて採用されたのは、1958年にデビューした20系(のちの151系・181系)特急型直流電車でした。国鉄初の特急用電車として、また東京~大阪間を6時間台で結ぶ特急「こだま」用として製造された20系は、高速走行を行うための視認性の向上、また高速列車としてのブランドイメージのため、鮮烈な赤とクリーム色の塗装を纏ってデビューしました。

鉄道博物館(さいたま市)に保存されている181系。20系としてデビューした車両とは異なるグループの出自ですが、車体の基本設計は同じ。ボンネット上の赤帯は区別用のもので、「こだま」登場時には入っていませんでした。
鉄道博物館(さいたま市)に保存されている181系。20系としてデビューした車両とは異なるグループの出自ですが、車体の基本設計は同じ。ボンネット上の赤帯は区別用のもので、「こだま」登場時には入っていませんでした。

「こだま」の運転開始に遅れること2年の1960年12月には、常磐線経由で上野~青森間を結んでいた特急「はつかり」に、国鉄初となる特急用気動車、キハ80系が導入されます。もちろんこの車両の塗装も国鉄特急色。以降、「サンロクトオ」と呼ばれる1961年10月1日の白紙ダイヤ改正、「ヨンサントオ」と呼ばれる1968年10月1日改正と、大きなダイヤ改正に合わせて全国に広がる特急列車網と合わせ、国鉄特急色も各地に広まっていきました。

交通科学博物館にて保存されていたキハ80系。20系の塗装を踏襲したデザインとなっています。キハ80系列は、初期車である写真のキハ81形ではボンネットがある設計でしたが、1961年にデビューしたキハ82系では貫通型へと改められています。ちなみに現在、このキハ81-3は、京都鉄道博物館(京都市)にて保存されています。
交通科学博物館にて保存されていたキハ80系。20系の塗装を踏襲したデザインとなっています。キハ80系列は、初期車である写真のキハ81形ではボンネットがある設計でしたが、1961年にデビューしたキハ82系では貫通型へと改められています。ちなみに現在、このキハ81-3は、京都鉄道博物館(京都市)にて保存されています。
京都鉄道博物館に保存される489系(右)と583系(左)。583系は夜行列車や新幹線との接続をイメージするため、国鉄特急色を踏襲したパターンながら、青色を採用したデザインとなっています。583系グループと489系を含む485系グループは、ともに日本の特急列車網を昼夜問わず支えた存在でした。
京都鉄道博物館に保存される489系(右)と583系(左)。583系は夜行列車や新幹線との接続をイメージするため、国鉄特急色を踏襲したパターンながら、青色を採用したデザインとなっています。583系グループと489系を含む485系グループは、ともに日本の特急列車網を昼夜問わず支えた存在でした。

盤石であった国鉄特急色の存在が揺らぎ始めたのが、1980年頃の国鉄末期。当時の国鉄はイメージアップを図るため、地域別の塗装を採用し始めていました。これに関連してか、東海道本線の特急「踊り子」などに投入された185系は、白地に緑色という塗装でデビューし、従来の特急車両とは異なる印象を与えました。

「踊り子」などに使用される185系。従来の国鉄特急車とは異なる明るいデザインを纏っています。なお、2012年には、157系をイメージしたリバイバル塗装として、国鉄特急車に類似した塗装となったこともあります。
「踊り子」などに使用される185系。従来の国鉄特急車とは異なる明るいデザインを纏っています。なお、2012年には、157系をイメージしたリバイバル塗装として、国鉄特急車に類似した塗装となったこともあります。

また、国鉄民営化以降は、JR各社の独自性追求のため、数多くのオリジナル塗装が登場。さらには新型車両の導入による国鉄型特急車の減少により、国鉄特急色はその数を減らし始めることとなりました。

新大阪~天橋立間を結んでいた特急「文殊」に使用されていた183系。JR西日本オリジナルの塗装となっています。このほか、485系やキハ183系にも類似したデザインでの塗装が行われていました。
新大阪~天橋立間を結んでいた特急「文殊」に使用されていた183系。JR西日本オリジナルの塗装となっています。このほか、485系やキハ183系にも類似したデザインでの塗装が行われていました。

特急用車両のオリジナル塗装が広まる一方で、かつての姿を再現するリバイバル塗装も、いくつかの編成に対して行われました。数は少ないながらも往年の光景を思い起こさせるリバイバル塗装編成は、ファンからの注目の的でした。

羽越本線の特急「いなほ」に充当されるリバイバル塗装の485系。485系の「いなほ」運用は、2014年に消滅しています。写真のT18編成の先頭に組み込まれているクハ481-1508は、北海道から青森や秋田を経て新潟に転属してきた流浪の車両。現在は新潟市新津鉄道資料館に保存され、余生を送っています。
羽越本線の特急「いなほ」に充当されるリバイバル塗装の485系。485系の「いなほ」運用は、2014年に消滅しています。写真のT18編成の先頭に組み込まれているクハ481-1508は、北海道から青森や秋田を経て新潟に転属してきた流浪の車両。現在は新潟市新津鉄道資料館に保存され、余生を送っています。

しかしながら、国鉄民営化から早30年。国鉄時代に製造された車両の老朽化は進み、新型車両の投入や列車の廃止などにより、その数を次々と減らしていきます。東日本では2015年3月の特急「北越」の廃止で、西日本でも同年10月の特急「こうのとり」などの車両置き換えで、共に国鉄特急色を纏った車両の定期運用が消滅。臨時列車などの波動用として残された車両も次々とその役目を終え、2018年4月の189系M51編成の引退をもって、国鉄特急色は営業路線上から姿を消すこととなりました。

189系M51編成のラストラン。車両の解体場所がある長野への片道の旅となりました。ことぶきさんの鉄道コム投稿写真から。
189系M51編成のラストラン。車両の解体場所がある長野への片道の旅となりました。ことぶきさんの鉄道コム投稿写真から。

かつて赤色とクリーム色の国鉄特急色を纏っていた国鉄型車両のうち、現在も活躍を続けているのは、特急「やくも」の381系と、「ムーンライト信州」などで使用される189系などの少数です。今後、各車の引退を前に、かつての塗装へと復元される可能性もゼロではありません。しかしながら、1958年以来60年続いてきた国鉄特急色の歴史は、ひとまず区切りを迎えたこととなります。

「ポッポの丘」(千葉県いすみ市)に保存される183系たち。このような保存車両では、国鉄特急色は今なお全国各地で見ることができます。
「ポッポの丘」(千葉県いすみ市)に保存される183系たち。このような保存車両では、国鉄特急色は今なお全国各地で見ることができます。

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