京急大師線の地下化工事、産業道路駅の“ビフォーアフター”を見る

2019年3月7日(木) 鉄道コムスタッフ 冨田行一

京浜急行電鉄の発祥は、1898年に創立した大師電気鉄道にさかのぼります。同社により初めて開通した区間が川崎町~大師間(約2キロ)で、現在の京急大師線区間中、京急川崎~川崎大師間にほぼ重なります。開業したのは120年前の1899年1月21日。大師線はいわば、京急の歴史の原点といえる路線です。

その大師線で、連続立体交差事業に基づく工事が始まりました。第1期分として、鈴木町駅付近~小島新田間の工事が段階的に進められることとなり、2006年に東門前~小島新田間(約980メートル)の地下化事業が始まりました。

当初は2014年度の完成をめざしていた同区間の工事は、用地買収の難航により完成時期が延長。2019年3月3日に地下線への切り替えが行われました。あわせて、産業道路駅の地下化も完成。同日、供用を開始しました。

今回は、その地下化工事について、産業道路駅を中心にリポートします。

産業道路駅の東側には、県道6号線「東京大師横浜道路」があり、その踏切(産業道路第1踏切)地点から駅全体や、その先の直線区間を見ることができました。東京大師横浜道路は「産業道路」の通称があり、当駅の駅名の由来となっています。
産業道路駅の東側には、県道6号線「東京大師横浜道路」があり、その踏切(産業道路第1踏切)地点から駅全体や、その先の直線区間を見ることができました。東京大師横浜道路は「産業道路」の通称があり、当駅の駅名の由来となっています。

産業道路駅ビフォーアフター

地下化される前の産業道路駅は、小島新田方面のホームの東側に出入口があり、京急川崎方面のホームに出るには、構内踏切を渡る必要がありました。京急川崎行き列車に乗る利用者は、同方面の列車到着間際では、踏切で待機するのが日常でした。

産業道路駅ホーム東側、構内踏切の様子。地下化によりその役割を終えました。遮断棒が上がると急いでホームに向かう利用者の姿が見られたのも、今では過去の話です。
産業道路駅ホーム東側、構内踏切の様子。地下化によりその役割を終えました。遮断棒が上がると急いでホームに向かう利用者の姿が見られたのも、今では過去の話です。

ここからは、地下化の前と後に、ほぼ同じ位置で撮影した産業道路駅の周辺などを紹介します。撮影日は、2月17日(ビフォー)、3月3日(アフター)です。

【ビフォー】産業道路第1踏切から見た産業道路駅(地上駅)。分岐器、ホームなどを見ることができました。
【ビフォー】産業道路第1踏切から見た産業道路駅(地上駅)。分岐器、ホームなどを見ることができました。
【アフター】地下線の供用開始後。分岐器の途中から囲いが設けられ、地上ホームなども見えなくなりました。
【アフター】地下線の供用開始後。分岐器の途中から囲いが設けられ、地上ホームなども見えなくなりました。
【ビフォー】産業道路第1踏切。北方向4車線、南方向3車線にかかる長い踏切でした。産業道路~小島新田間は、工事の進捗により複線から単線に変えた区間で、7車線の道路を単線の踏切が交差する形になっていました。
【ビフォー】産業道路第1踏切。北方向4車線、南方向3車線にかかる長い踏切でした。産業道路~小島新田間は、工事の進捗により複線から単線に変えた区間で、7車線の道路を単線の踏切が交差する形になっていました。
【アフター】地下線切り替えにより、踏切も廃止。当踏切をなくし、産業道路の交通渋滞を解消することが、連続立体交差事業の要点の一つでした。
【アフター】地下線切り替えにより、踏切も廃止。当踏切をなくし、産業道路の交通渋滞を解消することが、連続立体交差事業の要点の一つでした。
【ビフォー】遮断中の踏切。日中時間帯の産業道路駅発の列車は、小島新田方面が毎時02分を起点に10分間隔、京急川崎方面が毎時07分を起点に10分間隔での運行のため、おおむね5分おきに遮断され、1回の遮断で1分程度は遮断機が下りた状態でした。朝夕のラッシュ時間帯はさらに本数が増え、踏切での行き違いもなかったため、遮断時間はより長くなっていました。
【ビフォー】遮断中の踏切。日中時間帯の産業道路駅発の列車は、小島新田方面が毎時02分を起点に10分間隔、京急川崎方面が毎時07分を起点に10分間隔での運行のため、おおむね5分おきに遮断され、1回の遮断で1分程度は遮断機が下りた状態でした。朝夕のラッシュ時間帯はさらに本数が増え、踏切での行き違いもなかったため、遮断時間はより長くなっていました。
【アフター】踏切廃止後は遮断機が撤去され、車の流れが断たれることはなくなりました。撮影時点で線路はまだ残っていたため、徐行する車は少なくなく、一旦停止する車も時に見られました。
【アフター】踏切廃止後は遮断機が撤去され、車の流れが断たれることはなくなりました。撮影時点で線路はまだ残っていたため、徐行する車は少なくなく、一旦停止する車も時に見られました。
【ビフォー】産業道路北方向。東京方面に向かう通行量は多く、踏切が下りると、待機する車の列が徐々に長くなりました。(写真は遮断直後の様子)
【ビフォー】産業道路北方向。東京方面に向かう通行量は多く、踏切が下りると、待機する車の列が徐々に長くなりました。(写真は遮断直後の様子)
【アフター】踏切付近での車の滞留は見られなくなりました。
【アフター】踏切付近での車の滞留は見られなくなりました。
【ビフォー】産業道路を横断する京急川崎行き列車。遮断中は、車が長く連なります。
【ビフォー】産業道路を横断する京急川崎行き列車。遮断中は、車が長く連なります。
【アフター】地下線切り替えにより、赤い電車が踏切を通るシーンも過去のものになりました。
【アフター】地下線切り替えにより、赤い電車が踏切を通るシーンも過去のものになりました。

工事の概要など

京急大師線の川崎大師駅以東の区間は、1944年に延伸。同年のうちに、川崎大師~産業道路~入江崎間が順次開通し、臨港エリアへのアクセス路線としての役割を担うようになりました。1945年に、入江橋~桜本間がさらに開業しましたが、年を追って一部区間で休止や廃止などがあり、残ったのは京浜川崎(当時)~小島新田間に。現在の大師線の区間はこの時に定まりました。1970年11月のことです。

川崎大師~産業道路間は、1925年に全線が開通した海岸電気軌道(当時)の路線の一部にあたり、海岸電気軌道線が1937年に廃止された後、川崎鶴見臨港バスの専用道路となっていたものを改めて軌道として整備した経緯があります。再び線路が敷かれた区間でしたが、その一部にあたる東門前~小島新田間を地下化する工事が始まり、新たな局面を迎えることになったのです。

東門前~小島新田間の工事は、「段階的整備区間」として、2006年2月に着工されました。工区は東門前駅側から順に第1~第4に分けられ、地下線区間の構造は、堀割部、箱型トンネル部、堀割部の順で区割りされました。産業道路駅の地下ホームは、箱型トンネルの中に設けられました。

同区間にある踏切のうち、東門前第2踏切は堀割部にかかることから、踏切道とともに廃止され、東門前第3踏切、産業道路第1・第2踏切の計3か所は、踏切設備が撤去されました。事業の効果としては、交通渋滞、踏切事故、地域分断の3つを解消することが挙げられています。

なお、本事業の策定当初は同線の約9割を地下化する計画で、事業区間は約5キロの予定でしたが、その後の見直しで工区が縮小。第2期分として予定されていた京急川崎~川崎大師間の事業は、2017年に中止が決定しました。残る工事区間は川崎大師~東門前間で、2019年度に着工されます。同区間は、2023年度に地下化される予定です。

産業道路駅(地上ホーム)に掲出されていた案内ボード(抜粋)。事業や工事の概要のほか、施工順序や進捗状況の紹介もありました。
産業道路駅(地上ホーム)に掲出されていた案内ボード(抜粋)。事業や工事の概要のほか、施工順序や進捗状況の紹介もありました。
全体計画図など。当初予定では、京急川崎~川崎大師間は南側に移設したうえで地下化し、京急川崎~港町間の計画線上に宮前駅(仮称)を新設することになっていました。
全体計画図など。当初予定では、京急川崎~川崎大師間は南側に移設したうえで地下化し、京急川崎~港町間の計画線上に宮前駅(仮称)を新設することになっていました。
東門前駅東側から見た地下線区間の様子。仮線路を設けない直下工法がとられ、地上線の下に地下線が造られました。箱型トンネルの上部には、分断された地上線の線路が見えます。
東門前駅東側から見た地下線区間の様子。仮線路を設けない直下工法がとられ、地上線の下に地下線が造られました。箱型トンネルの上部には、分断された地上線の線路が見えます。
東門前第2踏切跡。当所は踏切の廃止ではなく、踏切道の廃止となり、閉鎖工事が行われました。廃止日は2月11日。
東門前第2踏切跡。当所は踏切の廃止ではなく、踏切道の廃止となり、閉鎖工事が行われました。廃止日は2月11日。

3月3日の産業道路駅

地下線への切り替え工事は、3月2日の終電後(3日0時過ぎ)に始まりました。3日は始発から10時ごろまで大師線の列車を運休。10時間に及ぶ工事では、仮設されていた地上部の線路や架線、踏切の撤去、地上へのアクセス部分を覆っていた構造物の除去などが行われました。

列車の運転は同日10時過ぎに再開。信号設備のトラブルにより、緊急点検を行う場面などもありましたが、夕方にはダイヤ通りの運転になりました。

産業道路駅外観。地上駅舎は、地下化の前と後で特に大きな変化は見られませんでした。「産業道路」の駅名は、京急創立120周年記念事業の一環として、変更されることが決まり、2020年3月には「大師橋」(だいしばし)に。現行の駅舎ともども、この駅名看板も見納めになります。
産業道路駅外観。地上駅舎は、地下化の前と後で特に大きな変化は見られませんでした。「産業道路」の駅名は、京急創立120周年記念事業の一環として、変更されることが決まり、2020年3月には「大師橋」(だいしばし)に。現行の駅舎ともども、この駅名看板も見納めになります。
産業道路駅地下ホームへのアクセス。ホームは地下2階部分にあるため、一定の距離があります。階段のみの通路のほか、階段の隣にエスカレーターを設けた通路も別にあります。
産業道路駅地下ホームへのアクセス。ホームは地下2階部分にあるため、一定の距離があります。階段のみの通路のほか、階段の隣にエスカレーターを設けた通路も別にあります。
京急川崎方面へ向かう列車。地下約14メートルの地点から、勾配区間を400メートルほど進み、地上線に出ます。
京急川崎方面へ向かう列車。地下約14メートルの地点から、勾配区間を400メートルほど進み、地上線に出ます。
京急川崎方面のホームには、待合室が設けられました。
京急川崎方面のホームには、待合室が設けられました。
小島新田方面(地下線)。今回の工事で、産業道路~小島新田間の複線化も行われ、大師線全区間が複線になりました。
小島新田方面(地下線)。今回の工事で、産業道路~小島新田間の複線化も行われ、大師線全区間が複線になりました。
同じく小島新田方面(切り替え後の地上部分)。地下線切り替え前は、単線の緩やかなカーブを列車が行き来していました。
同じく小島新田方面(切り替え後の地上部分)。地下線切り替え前は、単線の緩やかなカーブを列車が行き来していました。
「産業道路立体化完成」を記念したヘッドマーク掲出列車も運行しました。
「産業道路立体化完成」を記念したヘッドマーク掲出列車も運行しました。
小島新田行き列車。ホームは4両編成に対応した長さで設けられ、現段階では前後の余裕はそれほどない状態です。将来的には、6両編成に対応できるようになっています。
小島新田行き列車。ホームは4両編成に対応した長さで設けられ、現段階では前後の余裕はそれほどない状態です。将来的には、6両編成に対応できるようになっています。

かつての産業道路駅では、こうした光景を撮ることができました(2008年5月撮影)。すでに工事が始まっていたため、仮囲いなどが見えます。10年余りを経て、その工事がひとまず終わり、引き続き駅舎を含む地上部分の整備が行われます。

小島新田行き列車。車両は初代1000形です。
小島新田行き列車。車両は初代1000形です。

2020年3月、大師橋駅としての新たなスタート時には、また大きく変わっているでしょう。次はその前後をめどに訪ねてみようと思います。

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