新人記者が聞く鉄道コムの20年

現在でこそ、朝日インタラクティブが運営するポータルサイトとなっている鉄道コム。しかしながら、開設当初は個人運営サイトだったということは、ご存知でしたでしょうか。

今回は、鉄道コム20周年企画として、現在の鉄道コム編集長 たかあき のほか、開設当初の運営メンバーであった、ひらぱあ、れいの2人を交えて、鉄道コム新人記者のAがインタビューを実施しました。

――皆さんは関西出身の方だそうですが、鉄道コムは元々そのような集まりから始まったのですか?

鉄道コム創設メンバーの3人

たかあき:当時、関西の鉄道ファンが集まる掲示板があったんです。

れい:関西というより、全国から集まっていました。その中の関西メンバーという集まりでしたね。

ひらぱあ:関西メンバーは少なかった印象がありました。

たかあき:まだネットも全然普及していない頃のことなので、ネット上のコミュニティというものが珍しくて。ネットを使っていて、学生で、鉄道が好きで、関西在住で、となると、結構限られていました。

ひらぱあ:1996年か97年くらいですよね。

たかあき:そうですね。そこで出会ったのがこの3人です。

――サイトを作成したのはいつ頃なんでしょうか?

鉄道コム初期の状況を記録した数十ページにわたる資料の一部

たかあき:ドメインを取ったのは99年なんですよね。なので鉄道コムの創設日は98年の11月13日なんですけど、それは私がひらぱあさんに私が作ったサイトを公開した日を基準にしているんです。なので、その時は鉄道コムという名前ではありませんでした。

れい:「関西vs関東の鉄道」という名前でしたね。

たかあき:メインのコンテンツは、例えば、関西の阪急と関東の東急を、さまざまな面で比較するというものでした。

ひらぱあ:厳密にはそこから20年です。

たかあき:メッセンジャーソフトで、私がひらぱあさんに……。

れい:当時の記録には、「チャット中に思わずアドレスを漏らしてしまったことが発端となって公開」と。

一同:(爆笑)

たかあき:そうかそんなオチだったか(笑)

――こちらが公開から少し経過した頃のサイトです。

れい:フレームなんて懐かしいですね。

ひらぱあ:当時はYahooもディレクトリ型の頃で、登録されたされないで一喜一憂していました。

たかあき:情報を探そうにも、今ならGoogleで検索すれば出てきますが、当時はすぐに見つけられない頃でした。

ひらぱあ:中身の検索というよりは、ホームページのサイト名とか、中身の趣旨とかで検索してたどり着くリンク集の時代でしたね。

たかあき:まずどこかのサイトのトップに行って、そこから下のページを見ていく。

――2002年頃にはデザインが大幅に変わっています。ところで、サイトの製作は、どのように行っていたのでしょうか。

たかあき:ホームページビルダーなどのソフトを使っていましたよね。

ひらぱあ:チャットで時間を合わせて更新したり。

れい:時間は合わせやすかったですよね。23時から接続し放題になる「テレホーダイ」が始まったら、でしたから。

たかあき:学生の頃なので、テスト勉強のために更新ができないこともありました。

――当時はダイヤルアップ接続の時代でしたよね。

たかあき:繋げるのに苦労しました。テレホーダイの時間になると、混雑で全然繋がらないんです。でも23時までは従量課金で、親がいる所での作業になるわけですから難しくて。親が寝静まったのを見計らってからコソコソやり始める時代でした。

ひらぱあ:それからISDNができて、ネットにいつでも接続できるようになって。かなり変わりました。

――そして数年間この体制で続いたということですね。

当時(2000年)の3人によるオフラインミーティングの様子

たかあき:1999年にドメインを取った時に、私たち3人が運営していたそれぞれのサイトをまとめる、という話になったんだと思います。

れい:その頃に実施したのが「毎日更新キャンペーン」。「20日間毎日更新した」となっています。

たかあき:今だったら企業のサイトですから当たり前なんですけれどね。学生個人が運営している所でしたから大変でした。

れい:その頃には、「アクセス数を増やすために参加型コンテンツを増やして、リピーターを確保することになった」と書いてあります。

――2002年、再びリニューアルしました。

ひらぱあ:このデザインは長かったですよね。この頃からGoogleが伸びてきて、Yahooはディレクトリ検索ではなくなって……。

たかあき:とはいえ、今のGoogleのように、すぐ情報が見つかる時代でもなかったので、我々が厳選しようというコンセプトで運営していました。

れい:この頃に確か「ポータルサイトを目指す」という方針になりました。

ひらぱあ:参加型コンテンツメインではなくなったんですよね。運営する3人も時間が取れなくなって、参加系コンテンツを縮小したんです。

――ここで運行情報が入りましたね。

れい:今でこそYahooなどで運行情報が見られますが、当時はかなり画期的だったんです。

ひらぱあ:アクセスが集中しましたよね。

れい:運行情報をメールで配信したこともありました。

たかあき:いや、やろうとしたんですけど、1日でものすごいユーザーが集まって、1日でやめたという(笑)。

――これが2006年ですね。色が変わっていますが……。

れい:一瞬だけ、オレンジではなくて青の時があったんです。

たかあき:リニューアルしたときに「シーズンごとに色を変えよう」というアイデアが出て、実装したはずだったんですけど……。

れい:オレンジと青しかやらなかった(笑)。

ひらぱあ:オレンジと青の組み合わせは、今のロゴのデザインにも通じていますよね。

たかあき:その後、鉄道コムを事業化することになったのが、2007年の11月。そこから準備を進めて、2008年の3月にこのサイトがリリースされました。

――リニューアルで、現在のデザインに近くなりました。

れい:リニューアルにあわせて、3人が18きっぷで旅をする企画をやりました。

たかあき:この時に突貫工事で「ひとこと」を作ったんです。今はTwitterがありますが、似たようなコンセプトで。

ひらぱあ:Twitterも出始めの頃でしたよね。

たかあき:リアルタイムで今どこにいますよ、というのを、3人がTwitterのように実況中継して、写真も投稿していました。そこで会えたらプレゼントがあるという。

ひらぱあ:ぼくは1人だけ会えましたね。景品の携帯クリーナーを渡しました。

たかあき:事業化を機に、ひらぱあさんとれいさんは鉄道コムの直接的な運営から退いて、私がメインで動くことになりました。

――それからしばらくはコンテンツは変わっていないですね。

たかあき:今でも掲示板のページがありますけど、もともと個人サイトとして作っていたから残っているのであって、最初から企業のサイトとして作っていたら絶対に無いですよね。

――今考えると、よく残っているなと思います。

ひらぱあ:当時からタイアップ系コンテンツをいくつか展開していました。

――最初はカメラ系のものですが、ユーザーからレビュアーを募集していたんですね。

たかあき:「みんなで作る」というコンセプトですから、ユーザーに実際に使ってもらおうと募集したんです。

――ただ、その後もデザインは少しずつ変化していたようです。

たかあき:ユーザーの要望や動向を踏まえて、逐次改良を続けていました。イベント情報の新着一覧を一番目立つ場所に新設したり、トピックスやイベント投稿写真が表示されるエリアを左側に配置したり。

――そして、今のデザインになったのが、2017年の6月ですね。

たかあき:全体的な構成は変わっていませんが、一番上のメニューを2段にして、トピックスコーナーをイベント情報などの下に移動しました。

ひらぱあ:このデザインは、スマホなどのデバイスに応じたレスポンシブ対応ですか?

たかあき:そうですね。デザインも、グラデーションは少し古いかなと思って変えました。そして、2018年には新コーナー「リポート」が加わって、今月で20周年を迎えることができました。

――鉄道コムが通った20年分のレール、なかなか興味深いものでした。本日は、ありがとうございました。