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鉄道界の「スバル・サンバー」 富士重工が手掛けた廉価型の鉄道車両たち

2019年12月30日(月) 鉄道コムスタッフ

自動車や航空機の製造会社として知られるSUBARU(旧・富士重工業)。特に同社の自動車ブランドは、運転支援システム「アイサイト」を始めとする安全性能の追求に加え、水平対向エンジン四輪駆動などの技術など、運転する楽しさを目指した特徴あるラインナップで、熱狂的なファンを数多く生み出しています。

そんな自動車メーカーのイメージが強いSUBARUですが、かつての富士重工業時代に、鉄道車両製造事業も手掛けていたことはご存じでしょうか。それも、「インプレッサ」や「レヴォーグ」などのような、現在のSUBARUが得意とするハイスペックなクルマとは真逆の「小型・廉価」という立ち位置の車両です。かつての「スバル360」や「サンバー」のような、同社ならではの独特な設計で存在感を放っていた車両たちを製造していたのです。

GDA型「スバル・インプレッサ WRX」(左)と、わたらせ渓谷鐵道のわ89-300形保存車(右)。ともに富士重工業時代に製造された車両です
GDA型「スバル・インプレッサ WRX」(左)と、わたらせ渓谷鐵道のわ89-300形保存車(右)。ともに富士重工業時代に製造された車両です

飛行機から振り子車両まで

富士重工業の前身は、航空機メーカーである中島飛行機です。戦前・戦中は陸海軍の軍用機やエンジンを製造していた同社ですが、日本の敗戦によって航空機製造・開発が禁止となり、この事業の継続は不可能に。民需転換の一環として、二輪車「ラビットスクーター」や、日本初のフレームレス・リアエンジンバス「ふじ号」などを製作しました。その後、紆余曲折を経て、1958年には大ヒット車両「スバル360」を世に送り出し、自動車メーカーとしての地位を確立しました。

富士重工業初の量産自動車「スバル360」。中島時代に培った航空機の設計技術を活かし、小型ながらも当時としては高い性能を発揮。多くの国民に親しまれました
富士重工業初の量産自動車「スバル360」。中島時代に培った航空機の設計技術を活かし、小型ながらも当時としては高い性能を発揮。多くの国民に親しまれました

同社の鉄道事業の歴史は、自動車事業と同じく戦後から始まります。空襲によって被害を受けた国鉄の車両修繕を受注したことがきっかけで、1955年には国鉄により気動車メーカーとしての指定を受けた富士重工業。キハ10系の製造から始まり、国鉄やJRの気動車・客車、地元エリアを走る東武鉄道の車両などを製造し、大手鉄道車両メーカーとしての地位を確立しました。1989年には国内初の営業用振り子式気動車であるJR四国2000系を製造。その後も、キハ281系や智頭急行HOT7000形といった、さまざまな制御付き振り子気動車の製造に関わっていました。

富士重工業が手掛けた、JR北海道のキハ281系特急型気動車
富士重工業が手掛けた、JR北海道のキハ281系特急型気動車

レールの上を走るバス

さて、富士重工業が手掛けていた小型・廉価な鉄道車両ですが、その端緒は、1962年に製造された「レールバス」です。当時富士重工業が手掛けていたバス車体製造事業のノウハウを活かし、車体はバス用車体に類似したものを採用。エンジンはバス用で、自動車のマニュアルトランスミッションと同等の機械式変速機を搭載したためクラッチの操作が必要など、レール上を走るバスのような車両でした。

レールバスと同様のコンセプトで製造された鉄道車両は、第二次世界大戦前から欧米で見られました。一方、日本で導入されたレールバスの原型となる車両は、当時の西ドイツ国鉄がローカル線向けに導入していた小型気動車です。これを見た国鉄が類似車両のキハ01形を導入し、さらに富士重工業が類似車両として、北海道の羽幌炭礦鉄道や青森県の南部縦貫鉄道向けに計3両を製造しました。

西ドイツ国鉄(ドイツ連邦鉄道)が導入したVT95型。1952年に量産車が登場し、改良型のVT98型と共に、西ドイツ各地のローカル線で活躍しました
西ドイツ国鉄(ドイツ連邦鉄道)が導入したVT95型。1952年に量産車が登場し、改良型のVT98型と共に、西ドイツ各地のローカル線で活躍しました
南部縦貫鉄道のキハ101・キハ102。1962年から1997年まで活躍しました。青い森さんの鉄道コム投稿写真から
南部縦貫鉄道のキハ101・キハ102。1962年から1997年まで活躍しました。青い森さんの鉄道コム投稿写真から

結局のところ、このレールバスが日本で流行することはありませんでした。先に国鉄が導入したキハ01形系列は49両が製造されたものの、定員が少ないなどの理由で使い勝手が悪く、15年ほどで姿を消してしまいました。富士重工業製のレールバスも、先の2社以外に導入する会社は現れず、さらに両社とも、後には輸送力の増強を目的に、より大型の車両を導入しました。しかしながら、南部縦貫鉄道の2両は、1962年の路線開業から1997年の路線休止までの35年間を現役で活躍。10年から20年とも言われるバスの車両寿命を大幅に超え、最後まで主力車両として、その現役生活を終えました。

大ヒットした2世代目

レールバスの製造から約20年後、富士重工業は新たな廉価型鉄道車両の開発に取り組みます。その名も「LE-Car」。レールバスと同様、バス用車体とバス用エンジンを組み合わせ、コストの削減を狙った車両です。一方で、車輪周りでは1軸ボギー台車を採用し、乗り心地や走行性能を改善。変速機もトルクコンバータを用いた液体式を搭載し、操作の簡略化や重連総括制御対応を実現するなど、より扱いやすい車両へと進化していました。

樽見鉄道のハイモ180-100形。後に有田鉄道に譲渡され、現在は有田川町鉄道公園で動態保存されています
樽見鉄道のハイモ180-100形。後に有田鉄道に譲渡され、現在は有田川町鉄道公園で動態保存されています

LE-Carの車体は、富士重工業が当時製造していた「R15型E」、通称「5E」ボディを鉄道用にカスタマイズしたもの。エンジンは、日産ディーゼル工業(当時)製のバス「スペースランナー」シリーズなどに搭載された、日産ディーゼル工業製「PE6H」型を採用していました。

富士重工業5Eボディを架装した、鞆鉄道のN8-156号車。LE-Carの車体は、この5Eボディを鉄道用にカスタマイズしたものです
富士重工業5Eボディを架装した、鞆鉄道のN8-156号車。LE-Carの車体は、この5Eボディを鉄道用にカスタマイズしたものです

LE-Carは、まず1984年に名鉄が八百津線にキハ10形として導入。これまで八百津線では電車が運転されていましたが、ディーゼルカーであるLE-Car導入により地上電化設備を廃止し、コストの削減を狙いました。続いて、国鉄から第三セクター事業者へ運営が移管された樽見鉄道樽見線でも、同年の移管開業時にハイモ180-100形を導入。経営の厳しい第三セクター路線にふさわしい車両として、活躍を始めました。

そして、導入翌年の1985年には、早くも改良型となる明知鉄道アケチ1形が登場しました。名鉄と樽見鉄道が導入した車両は、バスとほぼ同じ12メートル級の、鉄道車両としては小型の車体を用いていました。一方で、アケチ1形では車体を15メートル級に大型化。足回りも2軸ボギー台車の採用や機関の高出力化といった変更を受けており、名鉄や樽見鉄道などの車両に比べ、輸送力が強化されました。

ハイモ180-100形などより車体が大型化した、わたらせ渓谷鐵道のわ89-100形。アケチ1形の同型車です。同型の車両は、いすみ鉄道や真岡鐵道などでも導入されました
ハイモ180-100形などより車体が大型化した、わたらせ渓谷鐵道のわ89-100形。アケチ1形の同型車です。同型の車両は、いすみ鉄道や真岡鐵道などでも導入されました

1987年には、LE-Carの改良型となる「LE-DC」が登場しました。LE-Carのバス車体と決別し、鉄道車両用の車体設計を導入。機関出力も向上し、より鉄道車両らしく生まれ変わりました。一方で、エンジンや窓、ドア開閉機構などには引き続きバス部品が採用され、廉価な鉄道車両としてのコンセプトはLE-Carから引き継がれていました。LE-DCは、信楽高原鐵道のSKR200形を皮切りに、全国各地の第三セクター路線などで導入。第三セクター路線の移管開業時の導入のみならず、明知鉄道や樽見鉄道のように、従来のLE-Carの置き換えとして投入する事業者も現れました。

紀州鉄道のKR205号車(左、元信楽高原鐵道SKR200形)。LE-Carである右側のキテツ1形と比較すると、その車体の大きさや「鉄道車両らしさ」がわかります
紀州鉄道のKR205号車(左、元信楽高原鐵道SKR200形)。LE-Carである右側のキテツ1形と比較すると、その車体の大きさや「鉄道車両らしさ」がわかります
車体が大型化した一方で、バス部品の採用によるコスト削減というコンセプトは引き継がれました。写真はKR205号車のドア部分で、バス用の戸閉機が使用されています
車体が大型化した一方で、バス部品の採用によるコスト削減というコンセプトは引き継がれました。写真はKR205号車のドア部分で、バス用の戸閉機が使用されています
明知鉄道のアケチ10形。パノラミックウィンドウを採用したほか、先頭部のフチがKR205号車より丸くなりました。ドアは通常の鉄道車両と同様に引き戸となっています。同型の車両は、北条鉄道や甘木鉄道でも導入されました
明知鉄道のアケチ10形。パノラミックウィンドウを採用したほか、先頭部のフチがKR205号車より丸くなりました。ドアは通常の鉄道車両と同様に引き戸となっています。同型の車両は、北条鉄道や甘木鉄道でも導入されました

バス車体の設計手法を導入したLE-Carのうち、1軸ボギー台車を採用したグループは、1960年代のレールバスと同様、定員の少なさと寿命の短さにより、早々に姿を消してしまいます。新車として導入した5社のうち、名鉄、樽見鉄道、北条鉄道、近江鉄道の4社からは、投入から10年前後で撤退。LE-Carとしては長寿となった三木鉄道のミキ180形も、鉄道車両としては短い17年で活躍を終えました。最後まで活躍したのは、北条鉄道のフラワ1985形を譲受した紀州鉄道のキテツ1形。こちらは2017年に引退し、現在は紀伊御坊駅脇に留置されています。

2軸ボギー台車を採用した15メートル級のグループも、現在は老朽化によりほとんどが引退しました。最後に残るいすみ鉄道の200形も、既に法定検査の期限を過ぎており、営業運転からは退いています。

一方のLE-DCは、1980~90年代にデビューした形式では廃車された車両があるものの、1990年代後半に製造された車両たちはまだまだ現役。樽見鉄道や甘木鉄道などでは主力車両として活躍しています。

撤退しても輝きは消えず

高性能気動車や廉価型気動車のほか、寝台特急「カシオペア」用客車のE26系から、保線用モーターカーまで、幅広く鉄道車両を製造してきた富士重工業。しかしながら2002年5月、同社は鉄道車両製造からの撤退を発表しました。鉄道会社の投資抑制や発注の不定期化といった理由により、事業が成立しづらくなったことを理由として挙げています。同時に、富士重工業はバス車体の製造事業からも撤退を発表。太平洋戦争終結直後から手掛けてきた2つの事業は、約50年でその歴史を終えることとなりました。

富士重工業は、乗用の鉄道車両のみならず、写真のような保線車両も製造していました。こちらは伊豆箱根鉄道のモーターカー「TMC201C」
富士重工業は、乗用の鉄道車両のみならず、写真のような保線車両も製造していました。こちらは伊豆箱根鉄道のモーターカー「TMC201C」

富士重工業は、2003年4月1日付けで、鉄道車両製造を手掛けてきた車両事業部を廃止。同社が最後に製造した鉄道車両は、地元である栃木県の事業者、真岡鐵道のモオカ14形でした。

鉄道車両の製造を終えた富士重工業。その事業は、他社へと引き継がれました。

富士重工業の鉄道車両事業撤退発表よりさかのぼること1年、LE-CarやLE-DCと同様のコンセプトを持った車両「NDC」シリーズを製造していた新潟鐵工所は、急速に経営が悪化したことにより、2001年に経営破綻。同社の鉄道事業は、2003年にIHI出資のもと設立された新潟トランシスへと引き継がれました。新潟トランシスでは、設立にあわせて、富士重工業の鉄道車両事業も継承。2019年現在も、第三セクター向けの軽快気動車やモーターカーといった車両の製造を続けています。

また、最後の富士重工業製鉄道車両となったモオカ14形は、富士重工業では従来車を全て置き換えるに足らない2両のみの製造に終わったため、日本車輌がこれを継承。モオカ14-3~9の7両を製造しました。日本車輌ではモオカ14形をベースに、松浦鉄道MR-600形を製造。さらに同型式をベースにした由利高原鉄道YR-3000形と、新潟トランシスには及ばないものの、地方路線向けの鉄道車両を製造しています。

富士重工業が最後に製造した鉄道車両、真岡鐵道モオカ14形。右奥の車両が富士重工業製のモオカ14-1、左の2両が日本車輌製の車両です。前照灯配置など、若干の設計変更がなされています
富士重工業が最後に製造した鉄道車両、真岡鐵道モオカ14形。右奥の車両が富士重工業製のモオカ14-1、左の2両が日本車輌製の車両です。前照灯配置など、若干の設計変更がなされています

富士重工業が手掛けた、廉価型の鉄道車両というコンセプト。当初から形態は変化しましたが、今も各地のローカル線で、地域の足として活躍しています。

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