鉄道車両の「パンタグラフ」といえば、線路上の架線から走行用などの電気を取り入れるための装置。近年は、多くの車両で「シングルアームパンタグラフ」というタイプが採用されています。

シングルアームパンタグラフは、架線と接する集電舟などを、主に1本の腕(=シングルアーム)で支える構造のパンタグラフです。過去には関節から上の部分(上枠)が三角形になっている形がよく見られましたが、近年は下枠も上枠も1本で構成されているタイプが主流です。かつて主流だった「菱形パンタグラフ」と比べると、折り畳み高さを低くできるほか、軽さ、占有面積の小ささなどで有利。構造がシンプルで、断面積も小さくなるため、新幹線では騒音低減、在来線では降雪時のパンタグラフの自然降下抑制といった効果も得られます。
営業用車両において、日本で最も早く、現在の形につながるシングルアームパンタグラフを本格採用したのは、大阪市交通局(現:大阪メトロ)の70系でした。長堀鶴見緑地線用に開発された70系は、従来の地下鉄よりもトンネル断面や車体が小さい「ミニ地下鉄」車両。車両(搭載機器を含む)のサイズに制限があったため、1メートル四方に収まるという超小型のシングルアームパンタグラフが採用されました。70系は、試作車が1988年に登場し、1990年に営業運転を開始しています。

なお、当時の業界紙によると、ミニ地下鉄では寸法がかなり切り詰められているため、パンタグラフを折り畳んだ状態でも架線との距離が近く、万が一通電している状態(集電状態)でパンタグラフを下降してしまうと、アークによる車両への地絡が発生するおそれがあるそう。これを防止するため、70系のパンタグラフでは、電気検出装置により集電電流を検出し、集電状態での下降を防止する機能を有しているといいます。
地下鉄以外で最も早くシングルアームパンタグラフを採用したのは、JR貨物のEF200形電気機関車。1990年に試作機が落成し、1992年に運用を開始しています。また、機関車以外の地上線用車両で、そして私鉄で初めてシングルアームパンタグラフを本格採用したのは、1993年に登場した、新京成電鉄(当時)の8900形でした。


新幹線車両では、1996年1月に落成したJR西日本の500系が、シングルアームパンタグラフを始めて搭載した営業用車両です。ただし、500系のものは、通常使用するパンタグラフが使用できなくなった際の予備用パンタグラフとしての装備。常用としてのシングルアームパンタグラフの初採用は、同年10月に登場した、JR東日本のE3系量産車となります。

シングルアームパンタグラフが日本で本格的に普及したのは1990年代以降のことですが、海外ではそれよりも早い時期から導入が進んでいました。当時の日本でも、海外製のシングルアームパンタグラフを試行する動きがあり、パンタグラフの製造メーカーである東洋電機製造が、フランスのフェブリから、1968年に試験的に輸入したことがありました。このパンタグラフは、京阪電気鉄道の協力を得て、1971年に実車(2000系)で走行試験を実施したそう。ただ、日本の架線にマッチした設計ではなかったため、本格採用はされず、当時はお蔵入りとなってしまいました。
また、大阪市70系より前にも、「シングルアームパンタグラフ」を採用した車両がありました。1980年デビューの広島電鉄3500形および長崎電気軌道2000形から始まる「軽快電車」です。新世代の路面電車として開発され、その後各地に導入された車両にも影響を与えた両形式は、パンタグラフには東洋電機製造製の「シングルアームパンタグラフ」を採用していました。この製品名は同社が命名したものですが、実際には路面電車用パンタグラフとして普及していた「Z形パンタグラフ」に近い構造。下枠は現在普及しているシングルアームパンタグラフと異なり複数のパイプで構成されており、見た目はともかく中身は別物といえます。
